移植者スポーツの、その先へ
― 世界マスターズ陸上・大邱2026に挑戦して ―
2026年9月、韓国・大邱で開催された世界マスターズ陸上競技選手権大会に出場しました。
出場したのは、50歳以上のクラス(M50)の「投てき五種」です。
ハンマー投、砲丸投、円盤投、やり投、重量投の5種目を行い、その合計得点で順位を競います。
結果は、2,194点で総合11位。
正直に言えば、世界には全く歯が立ちませんでした(笑)。
特にヨーロッパ勢は強く、優勝者は世界新記録。その中で、やり投だけは41m40で4位に入り、少しだけ一矢報いることができました。
記録的には悔しいところもあります。
それでも今回、私にとっては「何位だったか」以上に大きな意味を持つ大会になりました。
「移植者」ではなく、一人の選手として
私は2022年1月に腎臓移植を受けました。
それ以前には、16年間の血液透析生活を経験しています。
そして移植から約3年半後の2025年、ドイツで開催された世界移植者スポーツ大会に初めて出場しました。
世界移植者スポーツ大会に集まるのは、臓器移植を経験した選手たちです。
国籍も年齢も競技歴も違いますが、「移植によって命をつないでもらった」という共通点があります。
会場ではドナーへの感謝がさまざまな形で表現され、私自身、それまで経験したどのスポーツ大会とも違うものを感じました。
一方、今回出場した世界マスターズは全く違います。
世界中から集まった同年代のアスリートが、純粋に記録と順位を競う世界選手権です。
そこでは、私が腎臓移植を受けていることを知っている人は、ほとんどいません。
16年間透析をしていたことも、12歳で腎臓病になったことも関係ありません。
競技場に立てば、私はただの「M50の選手」です。
投げた距離が記録になり、その記録によって順位が決まる。
それだけです。
私は、この感覚が結構好きです。
世界には、まだまだ強い50歳がいる
実際に競技してみると、世界との差をこれでもかというほど見せつけられました。
ハンマー投と重量投は12位。
砲丸投と円盤投は7位。
そして、比較的得意としているやり投で4位。
結果は完敗でした。
でも、不思議と「もういいかな」とは思いませんでした。
むしろ、
「どうすれば、もう少し世界と戦えるだろう」
と考えていました。
競技が終わった日の夜、一緒に大会へ出場した二人の友人と話す時間がありました。
二人とも学生時代から30年来の付き合いです。
昔の大会のこと、学生時代のこと、昔の仲間のこと。
そんな話で大笑いしていたはずなのに、気がつけば、
「次の世界マスターズ、オランダはどうやって行く?」
「来年のアジアマスターズ、シンガポールも行く?」
「次はどうやって世界と戦う?」
そんな話をしていました。
考えてみれば、おかしな話です。
30年前、学生だった私たちは陸上競技の話をしていました。
そして50歳になった今も、同じ仲間と、
「次に世界でどう戦うか」
という話をしています。
昔を懐かしむだけではなく、思い出話の中にいつも「次」がある。
それは、長くスポーツを続けてきたからこそ得られた、とても幸せな時間なのかもしれません。
移植後の人生に、その先がある
今回、私が一般の世界マスターズに出場したことには、もう一つ意味があると思っています。
移植者スポーツには、「移植を受けた人が再びスポーツを楽しむ」という大切な役割があります。
でも、その先もあっていい。
運動を始める。
スポーツを楽しむ。
移植者の大会に出てみる。
そして、もし本人が望むのであれば、一般の大会にも出る。
地域の大会でも、全国大会でも、世界大会でもいい。
移植者だからといって、活動する場所を「移植者スポーツ」の中だけに限定する必要はありません。
今回、世界新記録を出すような選手たちと同じ場所に立ち、同じ条件で競技して、私は見事に負けました(笑)。
でも、そこに立つことができました。
移植を受けたあとも、スポーツを続け、世界の舞台に挑戦することができる。
そして「移植者アスリート」ではなく、ただの一人のアスリートとして勝ったり、負けたり、悔しがったりする。
それもまた、移植後の人生の一つの姿なのではないかと思います。
まだ、次がある
次は、2027年、ベルギーで開催される世界移植者スポーツ大会です。
こちらは「参加することに意義がある」では終わらせません。
複数種目での金メダル、そして大会記録、世界記録を本気で狙います。
さらに、シンガポールでのアジアマスターズ。
その先には、次回の世界マスターズもあります。
今回、世界との差を嫌というほど見せてもらいました。
だからこそ、また挑戦したいと思っています。
もうすぐ51歳。
腎移植から4年半。
陸上競技を始めてからは、腎不全などによる中断を挟みながら35年以上になります。
それでも、まだ「次」があります。
いただいた命を大切にする。
それは、ただ無理をせず守ることだけではなく、自分にできることに挑戦しながら生きていくことでもあると、私は思っています。
これからも体と相談しながら、仲間と一緒に、もうしばらく世界で遊ばせてもらおうと思います。



